週に二三度は学校から下宿先まで歩いて帰る。きっちり四十分の道程である。天気が良いから、時間があるから、或いは、健康のため、気晴らしのため、理由は日によって様々だ。畢竟、何でも良かったのである。
帰り道は緩やかな下り坂になっていて、大通りをひたすら真っ直ぐに歩けば、下宿先の近く迄行く。途中、住居にしては少々厳かに過ぎる、宮殿風の建物がある。その周りには大抵、黒服を身に纏った、それも大半が老齢の男性がたむろしていた。これが果たして何のための建物であるのか、考えたことが無いではなかった。しかし、些末で取り留めのない疑問は、日常に追われ雲散霧消するのみであった。そういうわけで、純白の宮殿はだいぶ前から単なる帰り道の風景の一部となっていた。
ある日の午後も、歩いて帰ることに決めた。確か、その日は少し憂鬱な課題が控えていて、無意識に下宿先に戻るのを先延ばしにしたかったのだと思う。宮殿の前を通り過ぎる時、ひとりの老婦人が泣いているのが見えた。ぼくは、はっとした気持ちになった。
ぼくは、もっと早くに気づいても良かったはずなのに。
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