2015年10月13日火曜日

ユートピアはいずこ


 ホセ・ムヒカが「世界一貧しい大統領」というフレーズで最近やたらとメディアに取り上げられるようになった昨今。ホセ・ムヒカ氏は若かりしころ極左ゲリラ組織「ツパマロス」に参加し、社会主義革命を目指したものの、独裁政権下で投獄され10年以上収監された。2010年3月から2015年2月までウルグアイ大統領をつとめる。有名な2012年リオ・デ・ジャネイロでの演説がこちら。ここまでが基本情報。

 昨日も同氏へのインタビューがNHKで放送されていた。ムヒカ氏の基本的な思想は「ハイパー消費社会」の否定。「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」とし、「カードの支払いに追われる人生など馬鹿げている」と主張している。日本社会に対しても、経済発展を評価しながらも「信用を勝ち取るためには着物を捨て、ネクタイを締めなければいけなかった」と、その精神性の変化に疑問を投げかけた。

 また、同氏は「国家の指導者は多数決で選出されるのだから、多数派と同じ生活をするべきだ」とし、給与の90%を慈善団体に寄付し、自身は10万円以下で生活している。消費社会に疑問を投じ、行動を自身の第一原理とした政治家なら、ほかにもいる。例えば、フィデル・カストロだ。しかし、彼の行動はあくまで理想主義的なものがあって、鉄人フィデルだからこそ可能であろう行動や規範を市民にも課してしまった。そこにキューバ革命政権が瓦解を始めた要因の第一歩があるような気がする。一方、ムヒカ氏は自身の行動を市民に合わせているのだから、無理がない。ありもしないユートピアを目指すのではなく、現状をユートピアに近づけてゆく。ムヒカ氏の政治理念で、評価すべき点はまさにここにあるのではないだろうか。

 だからこそ、日本人(もとい日本及び欧米先進諸国のメディア)が諸手を挙げてムヒカ氏を絶賛するのはかなり違和感があると思うのですよね。社会が日本のように高度に経済化・インターネット化してしまったからには、もう引き下がれないというか、今更「クレジットカードを焼却し、日本人よ、みなキモノに戻ろう!」などと言い出そうものなら、それこそナンセンスというか、時代錯誤も甚だしい発言で、ちょっと危ない思想の持ち主と思われること間違い無しです。部分的にはムヒカ氏の反ハイパー消費社会思想を見習うところもありつつも、その理念を鵜呑みにしてはいかんと思うのです。

 さて、あくまで文化的側面を考えれば、ウルグアイは決して貧しい国とは言えない。かのボルヘスも「タンゴの起源はウルグアイにある」とどこかに書いていたし(出典未確認)、ガウチョ文学 La literatura gauchesca もウルグアイ文学の主要な文学ジャンルのひとつだ。19世紀の後半には幻想小説の巨匠オラシオ・キローガ、20世紀にはフアン・カルロス・オネッティやマリオ・ベネデッティなどの大家も輩出している(ただし、その大半が後に亡命し、国を離れている)。

 ムヒカ氏の思想に共通するものは、ウルグアイに古くから根付いてるものだと言えなくもない。20世紀の前半にはすでにホセ・エンリケ・ロドーが『アリエル』で物質主義を批判しているし、歴史家エドゥアルド・ガレアーノもその著作で米国による経済搾取を広く論じている。ムヒカ氏の手によって、ウルグアイの希求したユートピアは100年ののち結実の目をみている……のだろうか?



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